み そ ぎ

みそぎとは

水をかぶって穢れを落とすとか

或いは、寒中等に水をかぶって心身を引き締め

何事かの願望成就を祈念することの様に思われて居るようですが

決してそのことをのみ言うものではありません。

みそぎとは

この世に生まれ出てから身に着いた様々な悪癖を矯正し

自身の殻を破り

それぞれの人が

本来具え持った能力を

再び 蘇えらせんとするものです。

さらに

五感でとらえられるものや

科学で証明されたことのみを

真実と思うことなく

神代から伝わる

時間・空間を超越した宇宙の真理を学び

生命の道にしたがう智慧を体得することなのです


これのみは 人のくにより つたはらで 神代ながらの しきしまのみち ( 禊 歌 )

【 道統 】

〔 川面凡児恒次翁 〕

近代の禊は川面凡児翁により神代の風儀〈みそぎ〉として復興された。

左は大正十五年正月七日・相州片瀬海岸にての寒中禊(七日間)の際に撮られたもので、当時の様子を窺うことの出来る貴重な写真である。

川面凡児翁を圍み円陣を組んで天鳥船神事を行って居る中に、多田雄三翁の姿もみられる。

昭和四年、六十八歳で昇天された。

〔 多田雄三山谷翁 〕

多田雄三翁は千葉県君津郡袖ヶ浦町神納に明治十六年十二月二十一日に出生された。
本業は日本画家であったが、川面凡児翁の門に入り禊の修行に専念される。

やがて凡児翁の高弟として、翁に従い各地の禊に参加され、川面凡児翁の没後、東京中野区鷺宮に籠居して、壱千二百七十九日間の祓禊により更なる新境地を確立し、昭和十一年八月、壱百三十六章・八百三十項の日本神道正傳を闡明され、昭和三十二年八月五日、七十三歳で昇天された。

その著書は『昭和十六年修禊講演録』『言霊の幸』『未来』『未来誌』『死生観』『和歌あやめぐさ』『萬葉集解剖』『古典研究會講話』ほか禊の傳書数百点に及ぶが、難解且つ、祕教性が高い為、実伝でなければ到底理解出来ないので、殆ど公開されて居ない。

『脩禊の辞』 多田雄三山谷翁が昭和16年に記されたもの

『大人物を作るには』 昭和15年の書簡

『我ら何をなすべきか』 昭和21年に記されたもの

昭和四年・式年遷宮 『御遷宮奉仕記』

〔 近藤信二郎仁盛翁 〕

近藤信二郎翁は愛知県刈谷町に明治三十五年に出生され、十七歳の時、単身密航して英国に渡り、更に米国に渡って苦学し、二十九歳に帰国された。

昭和七年、三十歳の時、満州に渡り米国商務館(奉天)・満州国郵政管理局聯郵課勤務を経て、昭和十四年、牡丹江省民生部に勤務の際、禊の指導者として多田雄三翁を招聘、これを機に師事することとなり、『昭和十六年修禊講演録』出版にあたっては資金を捻出するなど、多田翁の高足として奔走される。

戦後、昭和二十一年帰国後は愛知県知多郡大府町に住み、進駐軍の通訳として勤務する傍ら修禊に励み、昭和二十二年、東海祓禊所を築成され、晩年は愛知県岡崎市に住し、卓越した身魂齋の神事を以って後進のみそぎ指導にあたられる。

昭和59年、現代神道の會発足にあたり顧問となり、毎月の月例修禊会の指導を平成4年(翁90歳)まで続けられた。

多田雄三翁よりの道統を平成2年、石田博昭に相傳し、平成10年3月9日、眠るが如く安らかに96歳で昇天された。

『修禊奇談』(近藤信二郎述・石田盛山筆録)抜粋

〔 石田博昭盛山 〕

昭和24年愛知県名古屋市に出生。

昭和59年、師命により現代神道の會を創設し、會主として古神道・禊の普及・実践に努める。

平成2年、近藤信二郎師より禊流印可を拝受、大日本祓禊所祕庫神器・伝書群と共に、禊流多田傳の道統を継承する。

現在、先師より伝えられた日本神道の正傳・禊流の真実の姿を後世に残すべく、心ある門人達と共に研鑽を重ねて居る。

『修禊問答(抄)』(みそぎ誌より抜粋)

【 み そ ぎ と は 】

みそぎとは、天地の出来上がる以前より宇宙に存在して居る萬象成壊の法則を学び、これを体得して、宇宙進化の実相を掴むことを言う。故に、その淵源は宇宙の誕生と共に在る。いや、宇宙もこの法則により造り出されたものに他ならない。

この萬象成壊の法則とは、音と数と形であり、この三つによって全てのものは成り立って居り、この三者の起伏変化がそのまま萬象の成壊となってあらわれる。

これらは宇宙そのものでる天祖(あめのみおや)の意志により発動され、展開される。

つまり、天祖は音と数と形を通して人天萬類を生み出して居るのである。

我々が全てのことを五官により感じ、知って居ると思って居ても、それは天祖の或る一部分にしか過ぎない。

この部分を見て全てと思い込むことから、一切の不幸が始まる。

山上の人は展望がきいて四方八方よく見渡せるが、谷間の人は岸壁に遮られて前後が見えない。
前後が見えないことから不安が起き、この不安が病気をはじめその他一切の人生における不幸の原因となる。

みそぎとは、萬象成壊の法則を体得し、山上に立って過去・現在・未来の時間の縦の一線と、空間の横の一線とを見透かして時・処・位を把握し、一切の不安を超越した人間、つまり十魂尊身たる神人に到達する道である。

このみそぎは、四通りに別けられる。

第一は、伊邪那岐大御神が天照大御神としての御神業を人間世界に御垂示された〈御身之禊(おほみまのはらへ)〉。

第二は、神代より引き続き行こなわせられて居ると承る大嘗祭の御前儀としての〈御禊〉であり、これは日本天皇が御即位後、日御子として天照大御神と御同位に在らせらるる事実を御顕彰される行事で、御一代一度の大祭であり、伊邪那岐大御神の禊そのままの御神儀。

第三は、我々が民人としての位置において神代の神の御垂示を仰ぎ、朝廷の御祭儀に随いつつ行なう〈禊行事〉。

第四は、科禊と称し、神代の神の御垂示にも適わず、大道に反して荒び狂える妖類魔族の輩に禊行事の一端を科し、
日神を拜し、光を仰がしめ、自からがその日なることを悟り、光なることを知らしめて、本来の時・処・位に立ち帰らしめるもので、自からが進んで行なうものではなく、他より強いて為す業であるから、その行事も前三者と比べて著しく異なる。

以上は、その時・処・位によって非常に隔たりが在るが、広義に言えば共に〈みそぎ〉なのである。

我々が行なうのは第三の禊行事で、日本天皇の高天原を築き成される神業に、人類の一員として随いまつる臣民道としての祭祀である。

【 祓 と 禊 】

みそぎとは、日本民族が高天原より伝承する生死解脱の教えであり、修理固成しつつ展開する宇宙成壊の事理を明示するものである。

これには幽事(うら)としての祓と、顯業(おもて)としての禊とがある。

1、祓

祓とは解脱門であり、解脱とは大死一番して一切の個我を滅却することである。

現代的に言えばストレス(歪み)を解除することであり、人間的には個我意識の中枢である脳脊髄神経の興奮を鎮めることと言える。

この幽事(うら)としての祓は、伊邪那美神を主神と仰ぎ、建速須佐之男命を司神と仰ぎ、瀬織津比賣神・速開津比賣神・氣吹戸主神・速佐須良比賣神を分掌神と仰ぎ、速玉男神・黄泉津事解男神を応化神と仰ぎ祭るものである。

そして、これには「はらひ」「はらへ」「はるひ」の三義の別がある。

2、禊

禊とは産出門であり、産出とは罪科・垢穢により埋もれて居る本来の神性を甦らせることである。

現代的に言えばリラックスすることであり、宇宙波動に協調して作動して居る自律神経(神律神経)の働きを蘇生させることである。

この顯業(おもて)としての禊は、伊邪那岐命神を主神と仰ぎ、天照大御神を司神と仰ぎ、神直毘神・大直毘神・伊頭能賣神・底津綿津見神・底筒之男命・中津綿津見神・中筒之男命・上津綿津見神・上筒之男命を分掌神と仰ぎ、大禍津日神・八十禍津日神を応化神と仰ぎ祭るものである。

そして、これには「みそぎ」「みそぐ」「かみかかり」「かむろぎかむろみ」「かむるぎかむるみ」「伊頭能賣の三義」の別が在る。

3、祓禊

以上の如く、幽事(うら)としての祓と、顯業(おもて)としての禊を合わせて初めて完全なる祓禊(みそぎ)と言うことができる

そして、これを神代の神の神事としては、御身之禊(おほみまのはらへ)と称へまつるのである。

このように顯幽表裏合わせての祓禊が本当の〈みそぎ〉なのであるが、古典を調べてみてもそこには、それぞれの反面しか記されて居ない。

これは齋庭最祕の厳儀にして、神界魔境一貫祕事として、わざわざ、そのように乱脱して記されて居るのである。

神界魔境一貫の祕事とは、伊邪那岐・伊邪那美の相反する働きにより宇宙が造化されて居る事理を教えたものである。

伊邪那岐とは、陽・積極・進・神性・霊性・魂・精神・建設を示すものである。

伊邪那美とは、陰・消極・退・獣性・肉性・魄・物質・破壊を示すものである。

この相反する二者の働きにより破壊と建設とが繰り返され、あらゆる万象は、起伏変化を演じつつも修理固成(すりかためなす)なる天沼矛の祕事を顕現すべく、御祖神のの意志のまにまに絶えず進化発展を続けて居るのである。

伊邪那美の破壊の作用も修理固成の為であるから、単なる破壊とはならない。

神化統一へと向かう為の幽事の破壊であり、同時に行なわれる伊邪那岐の顕業の建設と表裏一体となるもので、この裏と表を合わせて祓禊(みそぎ)と言う。

多田雄三翁伝来の『十種神寶』伝書
みそぎ行は全て〈十種神寶〉を成就し、十魂尊身(とほかみ)となることをその目標とする。
その指針となる「十種神寶図」他が記されて居る。


【 みそぎの内容 】

みそぎの内容は、大別して神道・十神事・五十五神伝・五百枝神言の四大系に分かれる。

この四種を併せ修めることにより、みそぎを成就することが出来る。

然し、その全貌については非公開のため省略する。

ここでは、実際に行なわれて居るみそぎ十神事の内容と行事について紹介する。

◇みそぎ行事の内容

第一、日神事(ひのかみわざ)

自己の心身を始めとして、存在するもの全てが中心帰一体であることを悟り、正しい生活によって心魂壮健を築き神化統一する行事で、この神事は凡てを中心帰一体と為すみそぎ行事の第一関門であり、最も基本となるものである。

以下に、その行事について概説する。

1、拜神(かみまいり)

拜神は三大儀礼として、神言(御歌)、神儀(舞曲)、物を供え神壇を造る作法を実行する者であり、その作法は、拍手・拜・奉幣・献饌・立坐・行止・能理斗奏上・玉串神事などを実修する。

2、氣吹(いぶき)

息こそ生命保持の第一の重大要素であり、この行事により自律神経を完全ならしめ、大宇宙の中に遍く存在して居る霊火(かみのひ)を資料として神身を築き成すものである。

この氣吹は大別して、産霊氣吹(むすひのいぶき)・産魂氣吹(むすびのいぶき)・真澄氣吹(ますみのいぶき)・天津氣吹(あまついぶき)の四系統の別がある。

3.振魂(ふるみたま)

臍前で玉手を組んで円く振り動かしつつ神言(神名)を奉称することにより、自己の身魂を調和し、浄化し、統一強化を図るもので、古神道独自の動的鎮魂法である。

「ふるみたま」とは奇身魂との義で、全身心が光一元となる状態を示す言霊であり、その境地を得る為のものである。

4、伊頭能賣神事(いづのめのかみわざ)

これは自己の身魂を統一し、内在の神性を甦生せんとするもので、次の三つの行事に分けられる。

ヒ、天鳥船神事(あまのとりふねのかみわざ)

大発声をしつつ船を漕ぐ様な動きを行なうことにより、身魂を浄化・統一するもので、巷間で思われて居るような単なる船漕ぎ運動の如き児戯では無い。∞を象る作法とイ・エ・ホ・サ・ウの言霊の発声と意念による煉丹・拜神の祕事なのである。

フ、雄健(をたけび)

これも言霊による九魂統一の祕事を実行するものである。

ミ、雄誥(をころび)

これは言霊と作法の妙用により、禍津毘を調伏・済度・救出・誘導して、時・処・位を悟らしめるもので、神の稜威の比礼振りである。

5、水神事(みづのかみわざ)

水はあらゆる生命を生み出す母胎であり、父母のみいのちである。

この水を浴び、水を潅ぐことにより、神の稜威を身に潅ぎ、身を清め、身を引き締め、我とわが身を統率・統一して神身と成すものである。

日々の水浴を続けて居ると、次第次第に心身が引き締まり、新しい自分が実感されるようになる。

これも言霊と作法によって神事としての妙用を発揮する。

6、火神事(ひのかみわざ)

火はあらゆるものを修理固成するものである。

この火を受け、火を継ぐことにより、我とわが身を修理固成し、火人と成すものである。

この火には、燃える火(灯火)を受ける火継ぎ行事と、光る日(太陽)を受ける日継ぎ行事とがあり、共にこれを摂りいれ温養して神身を築くものである。

7、魂齋(みたままつり)

みそぎとは究極、みたままつりであり、小はわが身から大は社会・国家・人類・全宇宙まで、みたままつりを為さんとするものである。

みたままつりとは、あらゆるものに時・処・位を悟らしめ、天地本然の状態に在らしめる為の霊的行事であり、これこそ日本民族の信仰の根本なのである。

自己の身魂を生存中に齋り祭り、神身となって神上ることが人間生存の意義と価値であり、人間全ての天職である。

日神事による魂齋を行なうことによって、無病長生・齋家和楽・神化統一の安楽世界を築くことが出来る。

8、天鈿女神事(あめのうづめのかみわざ)


「うづめ」とは珍目であり、奇目であり、渦目であり、物事の本質を見抜く目を持ったことを言い、天鈿女とは、天津神としての鈿女となって宇宙に遍満し萬物を操作して居る霊線(うづ)を見抜き、これを修理固成して神界を築成する神事を執り行なうものである。

その為の行事としては舞曲・神楽であり、これも言霊と舞の動線の描く神象により妙用を発揮するものである。


●第二、月神事(つきのかみわざ)

月神事とは生死一貫の魂齋であり、死者の身魂を調伏・再度・救出・誘導て日神の神界に摂入する神事である。

また、自己の身魂を膨らませ神界へ参入する神事(出神)もこの月神事である。


●第三
火神事(ひのかみのかみわざ)

●第四、伊邪那岐神神事(いざなぎのかみのかみわざ)

●第五、高木神神事(たかぎのかみのかみわざ)

●第六、省略

●第七、八神神事(やくさかみのかみわざ)

●第八、天祖神事(あめのみおやのかみわざ)

●第九、省略

●第十、省略



【 ヌサの神事 】


みそぎは神道・神伝・神事・神言をそれぞれ修めるものであるが、ヌサの神伝はその中でも極祕中の極祕て、みそき行事の根本の生命と言うべきものである。

これは四維十表の捌きと言い、表・裏・表裏合体・顯幽両界の祓禊を神言と共に行なうもので、その威力は絶大である。


その捌きには、祓ヌサ・禊ヌサ・魂齋ヌサの別があり、更に初・中・奥伝の口伝・身伝があり、何れも修禊殿裡に於いて授受されるものである。

左は禊ヌサ神事中の多田雄三山谷先聖。




【 能理斗 】

神事を行なうに際して言霊が用いられるが、これには能理斗(のりと)がその代表的なものである。

能理斗は言霊が丁度、薬の処方のように、その目的に応じて必要な数だけ順序良く配列されて居て、これを称えることにより微妙な波動場を造り、そこに浄化された世界を築き上げるもので、即、神勅で、神命で、神名で、人間の耳に聴き得たる神と伝えられて居る。

又、能理斗を祝詞と書くのは尸祝(ししゅく)の白す詞の略であり、祝殿(はふりどの)で行われる葬送(はふり)の詞の義となり、神に白す詞との意に非ず。故に、神事に於いては能理斗の文字を用いるのである。

その種類は、大祓詞の様に口語体のものから、短歌・長歌などの禊歌、更には人間身としては意味不明の神言など、数百種が伝えられて居る。

以下、口語体の能理斗の一例を挙げる。

●祓禊初言(みそぎはじめのことば)
●祓禊果言(みそぎのはてにまをすことば)
●祓言(はらへことば)
●壽詞(ほぎことたま)
●魂齋言(みたまをまつるのりと)
●産霊詞(むすびのことば)
●大祓詞(おほはらへことば)
●生死一貫之誓約(あさゆふのよごと)
●宇宙十表雄健辞
●稜威(みち)
●拜神教文
●奥津城築成能理斗(おくつきをきづきまつるのりと)
●奥津城改築能理斗(おくつきをあらためきづくのりと)
●鎮神詞(みたまをまつるのりと)
●非経非緯無始無終之珠(はじめなくおはりなききみがみいのち)
●祖霊祭諄辞(みおやのみたまをまつるのりと)
●祖霊祭献饌諄辞
●佛式奉称神詞
●人間身鎮齋諄辞(なきひとのみたまをまつるのりと)
●走獣飛禽英霊祭文(とりけものなどのみたまをまつるのりと)
●地鎮祭称詞(おほとこをしづめまつるのりと)
●地鎮祭壽言(おほとこのことほぎ)
●神座称辞(かみのみやをきづきまつるほぎことたま)
●奉遷神宮祭称辞(かみのみやをうつしまつるほぎことたま)
●誕生吉詞(あれましをいはひまつるのりと)
●大日本天皇国大御宝生誕吉詞(おほみたからのあれましをいはひまつるのりと)
●誕生宣言(おをひとぐさのうけび)
●美斗能麻具波比神言霊(みとのまぐはひのかみことたま)
●天照坐皇大御神(あまてらしましますすめおほみかみ)
●大天皇教文(おほみことのり)
●大日本天皇古事記(おほやまとすめらぎみふることふみ)
●日本天皇道(ほほでみのみことのかみかかり)
●大神文誕生能理斗(おほかみことたまあれましをいはひまつるかみのことたま)
●大身祓詞(おほみまのはらへことば)

以上、多田雄三翁より能理斗及び禊歌・神言など、日本神道正傳の神言霊・祕言霊が伝えられて居る。


以上       

< 禁無断転載 >

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