法典流武術


【 沿革 】
法典流武術の開祖・滝澤美濃守法典は慶長年間(約400年前)の人と伝えられる。
伝書には「皇統第三十代敏達天皇の御代より七代後裔に橘氏を名字する人有り。其の直流末孫に武人にして滝澤美濃守有り。関ケ原合戦後、柳生殿は徳川家に兵法指南役として譜代なされしが、美濃守は俗塵と仕官を嫌ひ、木曾山中深く参籠遊ばされ、出てては受瀧参籠、入りては机上萬巻を読了為し給ひて練心剣を編重さる。是、法典流派の肇なり。」と記されて居る。
即ち、古剣として伝えられる御嶽神陰の剣と、超人的感覚力と速度を得る法たる玄羽の法とを以って、大自然の理に即応した武術を編み出し、法典流とされたと伝えられる。
以来、この流儀は寺社の中において、神官・僧侶達によって祕流として密かに伝えられてきた。
十三世・十津川法典師より十四世を相伝した橘九重院法典師範によって大東亜戦後、初めて世に出され、練心塾として、国家有用の青少年育成の手段として指導されて居る。
その技は、古剣・杖・分銅術にはじまり、長秤・棒鎖から、独特の形状をした鎖鎌に至り、更に奥伝三器と言われる祕武器を修め、最後に斑鳩作法と云われる鉄扇の作法に及ぶが、その根本精神は箴剣、つまり争わずして誡める活人剣を教えて居る。

橘九重院法典師範亡き後、練心塾は京都府八幡市を中心に古参の門人の方々により伝承されて居る。

当塾は法典流・尾張道場として、名古屋市及び岐阜県養老山中にて稽古・修練して居る。


【 橘九重院法典師範 】

大正10年、京都市に出生。
本名、谷口一男。
七歳の時、遊行僧であった先師・十津川法典師と出会い、資質を見込まれ以後毎週、旧・京都市下京区八条東寺町(東寺横)の自宅より、旧・大阪府北河内郡四条畷村・飯盛山の楠公庵まで徒歩3時間の道を通い続け、生駒山・飯盛山・葛城山中にて修練に励んだ。
当時の武名は那智丸。
19歳の時、大東亜戦に現役兵として出征の前、十四世の相伝を受け、出陣する。
昭和21年帰国後、先師亡き後、流儀の伝承の為、練心塾を創設し、古武道を通して青少年の育成に努める。

平成17年5月、永年の地域消防活動の功績により、瑞寶單光章を授与される。
平成25年5月19日、92歳の天寿を全うし帰幽される。
90歳の頃のお姿
【 法典流の依處 】
風を聞き 地を馳け 天地陰陽の節を弁え
天を父と仰ぎ 大地を母と慕いて
大自然より訓さるる氣を法典流と悟るなり。

【 道場訓 】 五省
至誠に悖るなかりしか
気力に欠くるなかりしか
努力に惜しみなかりしか
言行に愧るなかりしか
無精に亙るなかりしか



【 剣之道 】
夫れ剣之道は余に非ず
  己に勝つ事に候。

【 武芸目録 】

当流の武技は複雑多岐に亘るが、凡そ古形名称として示される十に分類することが出来る。



以下、尾張道場に相伝されて居るものの概要について紹介する。

[ 壱丁 ] 古剣
◯基本
基本三法  素振り七法  運足七法  七息立

◯剣術
古剣三法(手捌四本  受太刀三本  一本技四本)
乱剣二通  礼剣(表裏十本)  挙動剣三本  槍動剣四本  即剣四本  飛剣一本  箴剣
鎌倉期古剣
◯刀術  
礼式礼  立居抜刀  歩行抜刀  羽変抜刀  反転抜刀  三段斬  四面構
弐之段四本  五當  対陣  流形
◯手取刺跨
防御次第三本  攻撃次第二通十本  奥伝五本  口伝一本

[ 弐叉 ]


◯杖術
十形(烏・鷺・鷺・水天・百舌・盲打・蝶返・鶴舞・稲妻・負杖)
十字崩・十字割・二段打・飛打
◯二丁杖
表八本  崩七本
◯手杖
◯方杖

◯風鼬
◯二棍

[ 参捨 ] 分銅術

◯分銅術
振十本  採三形  打七本  投六本  からみ三本  
目引  六處配  居合  水練  
投分銅  奥二本
◯長秤
構  受四本  打六本  奥捌六本
◯治形秤
◯杖分銅
 

[ 四水 ]

◯受瀧
心魂を壮健にし、大自然と同流する為に瀧行が行われる。
又、瀧止めの祕術も伝えられる。

◯参籠

深山幽谷に参籠し、心身を練り上げる修行をする。
山中に於ける色々な作法・心得等が伝授される。

[ 五圍 ]

◯鉄杖
一の形  二の形  捌三法
正攻法
鉄杖仕打

◯棒術
構三法  攻十法  交五法  突三法  振拂三法
◯槍術


[ 六棚 ]
◯如意棒
◯玩掌
◯杓掌
◯如意輪
◯短啓

◯結(真田結)

[ 七歩 ]




◯棒鎖
守の形  攻の形  鍛錬技

◯鎖二丁秤
捌形  打撃法  捌三法  奥六法


◯手鎖
手鎖扱方


◯如意条

◯鉤条

◯手の内


◯ 鎖 鎌


[ 八双 ]

◯標的打
◯投針


[ 九石 ]

◯木偏

◯手秤

◯脇差秤


◯煤子

◯五月雨


◯五月雨繩


[ 十平 ]

◯鉄扇術
治の形  初伝五本  中伝五本
陣の舞
「鉄扇術を学ぶ者は先ず形よりも心を学ぶべし。其の指伺する修心
一、厳粛なること雅楽に似たる。
一、優雅なること武角の内に気品を備ふ。
一、壮大なること大山の如く。
右の三体、必ず備ふるべし。
即ち、書の心を整ふるにおなじなり。
書の心讀まざれば 陣の舞 亦讀めず。」と伝えられ、書武一体を当流の信条とする。

式礼五本


斑鳩作法

◯書道
書武一体を信条とする当流の第十四世相伝師範・橘九重院法典師の筆蹟を紹介する。

    

◯ 伝 書

橘九重院法典師範の近影

平成14年1月6日、
皇武道塾 鏡開き式において



法典流の伝書は数々あるが、全て門外不出とされて居る。
当道場には『祕奥七巻』と称される流派究極の祕巻が伝えられる。
因みにその巻名を挙げれば、
一、真流並び疎流 一巻
一、七道波羅密 一巻
一、南北朝系統 一巻
一、流派起源歴 一巻
一、五 大 玄 一巻
一、五 剣 儀 一巻
一、古 武 道 編 一巻
そして、この七巻相伝の證である『蔵書目録』一巻(上掲)となる。

この他、『奥傳之巻』『極意章』『南朝襟影』『陣中訓』『祕奥分銅術』『武芸目録』『五大玄別巻 極意章』『斑鳩作法』などが伝えられて居る。


平成24年5月4日
当塾門人と共に


以上

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